1. はじめに
仕事でアスペルガー症候群の部下の特性を理解することは、上司やリーダーにとって非常に重要な課題です。アスペルガー症候群は、自閉症スペクトラム障害(ASD)の一種であり、社会的なコミュニケーションや行動の特性に影響を及ぼす状態です。
宮尾益知氏と滝口のぞみ氏による「部下がアスペルガーと思ったとき 上司が読む本」は、この課題に焦点を当て、アスペルガー症候群の特性を理解することの重要性を指摘しています。本記事では、本書籍を参考にしながら、仕事におけるアスペルガーの部下の特性とその理解の重要性について解説していきます。
アスペルガー症候群の特性を理解することで、上司やリーダーは部下とのコミュニケーションや業務の遂行において円滑さを図ることができます。また、部下自身も自分の特性や困難について理解されることで、より前向きに取り組むことができ、ストレスを解消や軽減することができるでしょう。
2. 仕事におけるアスペルガーの部下の特性を理解する
(1)暗黙の了解や許容範囲をいう明文化されていないことを理解できない
アスペルガー症候群の人は、暗黙の了解や許容範囲など、明文化されていないルールや慣習を理解することが困難です。上司やリーダーが常識的なことだと思っていることでも、彼らや彼女らには理解できない場合があります。
例えば、多くの職場では残業ゼロを目指していますが、実際には定時に帰ることは少ないものです。朝早く出社したり、仕事が終わるまで残業することが一般的です。しかし、アスペルガー症候群の人はこの目標に対して、定時に帰宅することを重視する傾向があります。また、昼休みも少し早めに離席し、少し遅れて自分の席に戻ることがあります。
同僚や上司は、その行動について文句を言いたくはありませんが、毎日同じ行動を繰り返すことになると、注意をしなければならないという悩みが生じます。しかし、彼らや彼女らに対して「定時に帰ってはいけない」と言っても理解されません。彼らは、合理的な説明がなければ不満が残るのです。また、他の職員も時折長い昼休みを取ったり、遅刻したり、早退することがありますが、暗黙の了解や許容範囲については、明確に規定されていないため、アスペルガー症候群の人は理解することができません。
上司やリーダーは、部下がアスペルガー症候群であることを理解し、明文化されていないルールや慣習をできる限り明確に伝える必要があります。コミュニケーションの中で細かな説明や理由を示すことで、彼らや彼女らの不安や疑問を解消し、スムーズな業務遂行をサポートすることが重要です。
(2)失敗が成立すると人格が全否定されたかのように受け取ってしまう
アスペルガー症候群の人は、周囲の状況を読み取ることが苦手なため、教えてもらわなければ分からないことが多々あります。しかし、その指摘や教えられる瞬間が彼らや彼女らにとって失敗が成立する瞬間となります。この時、上司や同僚がイライラした態度や怖い顔、大きな声で一方的な指摘をしてしまうと、ただできていないことを指摘されただけであっても、アスペルガー症候群の人はアドバイスをただの批判や否定として受け取ってしまいます。このような状況によって、被害者意識が芽生えてしまうのです。
彼らや彼女らにとって、失敗の指摘は人格全体が否定されたように受け取られます。アスペルガー症候群の人々は、細かいニュアンスや非言語的な情報を理解するのが難しいため、言葉だけでなく、声のトーンや表情、身体言語にも敏感です。そのため、指摘やフィードバックは改善のためのアドバイスであっても、彼らや彼女らは自分自身が否定されたように感じてしまうのです。
上司やリーダーは、はっきりと指摘することも大切ですが、アスペルガー症候群の特性を理解した上で、言い方や態度に気を配る必要があります。批判や否定ではなく、建設的なアドバイスや具体的な改善策を提案することで、彼らや彼女らがより受け入れやすくなります。また、個別のフィードバックではなく、継続的なサポートや肯定的な意見も与えることで、モチベーションや自信を維持し、成長を促すことができます。
(3)全体像が分からないときに何を知っていればよいのかを理解できない
アスペルガー症候群の人は、仕事の目標や内容、つまり、仕事の概要や要件、手順、優先順位、期日、コミュニケーション相手などの詳細が分かっていないと、失敗が起こりやすくなります。しかし、彼らや彼女らはそのような全体像が分からない状況下で、具体的に何を知っていれば良いのかを理解することができません。
彼らや彼女らが「言われたことしかしない」と感じる理由の一つも、この特性に起因します。仕事の全体像が分からないため、何をすれば仕事が進むのか、そのポイントが把握できないため、「言われたことしかしない」という行動になってしまうのです。
重要なのは、彼らや彼女らが仕事の進め方が分からなくなった場合、誰に質問すればよいのか、予測していなかった突発的な事態が生じた時にどのように対処すべきかを事前に伝えることです。突発的な出来事や変更が生じる可能性があること、それに対処する方法を事前に理解できれば、問題は大きく広がることなく解決されるでしょう。
上司やリーダーは、明確な指示や説明だけでなく、全体像を伝えることにも注力する必要があります。進捗状況や目標の説明、仕事の流れの可視化など、情報の共有と整理を行うことで、彼らや彼女らが自分の役割や貢献度を把握しやすくなります。また、必要な場合には繰り返し確認やフォローアップを行うことも大切です。
(4)成功体験が重要になる
アスペルガー症候群の人にとって、成功体験は非常に重要です。彼らや彼女らにとって、目の前で起こっている出来事に対して、正しい行動を取ることが求められます。その正しい行動が繰り返されると、彼らや彼女らは同様の状況で自動的に適切な行動を行えるようになっていきます。
しかしここで注意が必要です。彼らや彼女らにとって、自身の失敗や叱責の経験は学習が難しいです。むしろ、失敗したり叱られた経験は、逆効果となり同じ行動を避ける傾向が強くなることが多いです。彼らや彼女らは、自身の失敗や叱責に対して責任を自己に帰属させず、他者の責任と考える傾向があり、自身の主体的な関与を感じません。そのため、失敗から正解への結びつきが薄れてしまうのです。
失敗体験は改善の積み重ねにはなりませんが、相手に対するデータベースには記憶されます。彼らや彼女らは自身の失敗とは思っておらず、叱責されると「攻撃をしてくる相手」というカテゴリーに分類してしまいます。そのため、自分を攻撃する人は敵となり、その人の言葉に耳を傾ける必要はないと感じてしまうのです。
彼らや彼女らは、「上司は部下のメンタルケアをする義務があるはずだ」とか、「上司は部下の質問に答えて導いてくれるべき人」と感じる傾向があります。これにより、上司の態度が攻撃的でなくても、職務怠慢に感じられることがあります。このような敵意を抱いた上司には頼ることができなくなり、同僚との関係も円滑にならないため、彼らや彼女らはますます孤立してしまうのです。
上司やリーダーは、成功体験を促すために、具体的な目標やタスクを明確にし、達成できる環境を整えることが重要です。適切なフィードバックや肯定的な評価を行うことで、彼らや彼女らのモチベーションや自信を高め、成功体験を積み重ねることができます。また、コミュニケーションにおいても明確で具体的な指示を行い、彼らや彼女らが自身の役割や貢献度を正確に把握できるようにすることが重要です。
(5)周囲が自分を嫌っているという状況がいきなり訪れる
新しく配属された部下や新入社員の言動が、周囲から少し浮いているような状況を目にしたことがある方も多いでしょう。上司や先輩職員は、表情や仕草で、新人の部下たちに対して微妙なサインを発していることがあります。
このような不文律の決まりごとは言葉で伝えられるものではなく、「察してほしい」という形で伝達されます。そのため、彼らや彼女らは上司や先輩の微妙なサインを読む必要が生じます。しかし、彼らや彼女らがそのサインを見落とし、困った行動を続けてしまうと、職場での評価や関係が悪化し、嫌われたり疎まれたりすることがあります。
彼らや彼女らは自身にその自覚がないまま、このような状況を繰り返し経験することで、周囲が自分を嫌っているという状況に突然直面することになります。そして、時間が経つにつれて、部下や新人の皆さんは理不尽さを感じ、被害感や怒りに満ちてしまうのです。
上司やリーダーは、このような状況に陥らないために、アスペルガー症候群の部下や新人の特性を理解し、適切なサポートを提供する必要があります。明確で具体的なコミュニケーションを心がけ、暗黙の了解をできる限り明確にすることで、彼らや彼女らが適切な行動を取ることができるようにサポートしましょう。また、フィードバックや指導においても、建設的なアドバイスや肯定的な要素を取り入れることで、モチベーションの維持と自信の醸成を促すことが重要です。
3. まとめ
仕事でアスペルガー症候群の部下の特性を理解することは非常に重要です。本記事では以下の特性について解説しました。
(1)アスペルガーの部下は、暗黙の了解や許容範囲を明文化されていないことを理解できません。明確な指示やルールを伝えることが必要です。
(2)失敗が成立すると彼ら彼女らは人格全体が否定されたように受け取ってしまいます。失敗をアドバイスに変えるためには、言葉遣いやアプローチに注意が必要です。
(3)彼ら彼女らが全体像を理解できないとき、何を知っていればよいのかが分かりません。明確な目標や手順を伝え、対処方法も事前に説明することが重要です。
(4)成功体験は彼ら彼女らにとって非常に重要です。継続的なサポートと肯定的なフィードバックを通じて、成功体験を積み重ねる機会を提供しましょう。
(5)彼ら彼女らは周囲からの嫌悪感を感じやすい特性があります。明確なコミュニケーションと適切なサポートを通じて、理解と協力を促しましょう。
アスペルガー症候群の部下や同僚との円滑な関係を築くためには、彼ら彼女らの特性を理解し、適切なサポートを提供することが不可欠です。柔軟性と配慮を持ちながら、チーム全体の成果と個々の成長を促進する環境を作りましょう。
4. おすすめ書籍「部下がアスペルガーと思ったとき 上司が読む本(河出書房新社)」
宮尾益知氏と滝口のぞみ氏の「部下がアスペルガーと思ったとき 上司が読む本(河出書房新社)」は、アスペルガー症候群を持つ部下の特性を理解する上で貴重な情報源です。本書では、アスペルガー症候群の特性や課題に焦点を当て、上司がどのようにサポートするかについて詳しく解説されています。
この書籍は、暗黙の了解や許容範囲の明文化、失敗への適切なフィードバックの提供、全体像の理解や適切な指示の重要性、成功体験の重要性、そして部下が周囲からの嫌悪感を感じる状況への対処法など、具体的なアドバイスが盛り込まれています。
上司やリーダーがアスペルガー症候群の部下と円滑な関係を築きたい場合、本書は理解とガイドラインを提供するための貴重な情報源となるでしょう。アスペルガー症候群の特性についてより深く学び、職場での協力と成果を最大化するために、ぜひ本書を参考にしてください。