1. はじめに
社会は目まぐるしく変化しています。近年では、リーマンショックや新型コロナウィルス感染症、ロシアのウクライナ進行など、世界や日本に対して、私たちがこれまでに想定していなかったような多大な影響を及ぼしています。仕事に関しても、ビジネスチャンスとしてプラスに働く企業もあれば、マイナスの影響を受けて倒産してしまう企業もあります。私たちがこのように目まぐるしく変化する社会の中でも、創造性を持ちづづけて変化に対応し、解決が困難な課題に立ち向かい、ビジネスで成果を上げ続けるためには何が必要なのでしょうか。
今回の記事の作成にあたっては、ダニエル・ピンク(Daniel H. Pink)さんのドライブ:やる気を引き出すことに関する驚きの真実(Drive: The Surprising Truth About What Motivates Us)という、ニューヨークタイムストップテンのベストセラーにもなった有名な書籍です。もちろんダニエル・ピンクさんは、TEDでも本内容で講演されています。筆者は何度も見直すほど、とても面白く、共感できるものばかりであり、有益な情報や視点が盛りだくさんの内容となっています。A true fact!(本当の事実)のくだりは最高に好きです。
ここでは、この書籍の内容を軸において、目まぐるしく変化する社会の中で成果を上げるために必要なこと、そして私たちにできることについて解説をしていきたいと思います。
なお、本書籍は、大前研一さんが訳されており、モチベーション3.0:持続する「やる気!(ドライブ!)をいかに引き出すか」という日本語版でも詳細な情報を入手することができます。
2. ロウソク問題
※ネタバレを含みますのでご注意を!
ところでみなさんロウソク問題(Candle problem)をご存知でしょうか。これは、サム・グラックスバーグ(Sam Glucksberg)さんによる1962年の研究成果ですがみなさんもいっしょに考えてみましょう。ネタバレを含みますので少しずつスクロールしながら見ていただければと思います。また、ご存じの方は気にせずにスキップしてください。「箱入った画びょう、ロウソク、マッチが用意されています。テーブルに蝋(ロウ)が垂れないようにロウソクを壁に取り付けてください。」こう問われたら、あなたならどうしますか?
多くの人は 画びょうでロウソクを 壁に留めようとしますが、でもうまくいきません。マッチの火でロウソクを溶かして壁にくっつけるというアイデアを思いつく人もいるかもしれません。いいアイデアですがうまくいきません。
それでは、同じ問題ですが、イメージ図を少し変えてみましょう。こちらの図ではいかがでしょうか。「箱、画びょう、ロウソク、マッチが用意されています。テーブルに蝋(ロウ)が垂れないようにロウソクを壁に取り付けてください。」
正解は、こちらです。
箱を画びょうで壁に固定し、その上にロウソクを乗せてマッチで火をつければ完成です。
この研究では、「画びょうを箱に入れない場合」と「画びょうを箱に入れた場合」の2ケースについて、解答に用する時間を計測しています。更に、早く解答できた被験者に、「賞金を出す(インセンティブがある)場合」と「賞金を出さない(インセンティブがない)場合」の4つの組み合わせについて比較・分析しています。
結果を要約すると次の通りです。ケース1(画びょうを箱にいれた場合)では、インセンティブがある「賞金あり」の方が、悪い結果となります。創造性や生産性を向上させるために付与したインセンティブでしたが、結果はその意図とは逆に、思考を混乱させて、創造性を鈍らせる結果となりました。画びょうが箱に入っているため、箱を活用するという概念が浮かびにくく、新たな方法を見つけるために固定概念から離れて発想を広げることが求められる難しい問題になっています。その一方で、ケース2(画びょうを箱に入れない場合)では、一般的な予想の通り(!?)、箱として示されているためにそれを活用すればよく、固定概念に基づき対応でき、インセンティブがある「賞金あり」の方が良い結果となりました。
なぜでしょうか?ケース1(画びょうを箱にいれた場合)について、みなさんの職場を想像してみてください。例えば、会社の評価制度を必要以上に分析したり、昇進や昇格、給与アップなどに固執している方はいませんか?そして、現代ビジネスが取り巻く環境の中で、その方は創造性をもって課題を解決したり、人望が厚かったり、その目的を長期的に果たせていると思いますか?短期的には果たせている方もいるかもしれませんが、おそらく多くの方は果たせていないのではないでしょうか。また、その方は職場の環境を悪化させたりしていないでしょうか。もし、そうであれば、まさに、報酬によるインセンティブが、その方自身だけでなく、周りにまでネガティブなインパクトを与えてしまう事例となっていると思います。
それではケース2(画びょうを箱に入れない場合)については、ダミーのロウソク問題なんて捉えられる場合もあります。このケースでは、箱に画びょうが入っていることですでに解答への道筋ができています。報酬などのインセンティブは、焦点を狭める性質が備わっており、解決の道筋が明確な場合には、報酬などのインセンティブを与えれば与えるほど成果が高まる場合が増えると考えられます。
現代ビジネスをとりまく環境下においては、いかがでしょうか。ビジネスにおける現在の基本的なアプローチは、外部から与えられるアメとムチ式の動機づけ(成果報酬)を中心に構築されています。しかし、それは、現在の複雑化した社会ではうまくいかず、これまでに行ってきたアメとムチのアプローチが間違っていることを明確に示しており、時代錯誤で有害な場合も多くあり転換が必要です。これの方法が成功したのは、高度経済成長期などの時代であり、現在では通用しないと認識することが重要です。
3. 仕事でモチベーションを上げるためのドライバー(要素)と私たちにできること
みなさんのモチベーション・やる気を引き出すドライバー(要素)は、自律性、マスタリー(熟達)、目的の3つの要素であり、これらを強化していくことで、仕事に対するモチベーションがアップします。この積み重ねを行うことで、成果が見える形になって実感できるようになってきたら、みなさんのモチベーションは加速度的に上昇します。3つの要素について、モチベーション3.0の大前研一さん(日本語訳)の文章も参考にしながら、なるべく分かりやすく解説していきます。
やる気を引き出す要素 | 内容 |
自律性(Autonomy) | 自ら方向を決定したいという欲求 |
マスタリー(熟達)(Mastery) | 自分の能力をどんどん上達させたいという衝動 |
目的(Purpose) | 自分よりも大きな何かの一部になりたいという人が抱く切望 |
(1)自律性(Autonomy)
自ら方向を決定したいという欲求を示します。私たちは本来、自律的であり、自己決定的ですが、マネジメントという概念の導入により、活動によって得られる外的な報酬と結びついてしまいました。活動を自らの意思で考えて、その活動によって満足感を得るための行動を行っていくことが重要です。3つの要素の中で、最初に必要とされるものです。課題や時間、手法、チームにおいては自律性が必要であり、大きな自立を与える会社は、競合他社よりも高い業績を上げることができます。
私たちにできることとして、第一に取り組めることは、ビジネスにおいてあなた自身の人生をあなた自身が選択でき、コントロールできる状態にもっていくことです。会社員であれば、全てを選択してコントロールするというのは難しいかもしれませんが、小さいことから始めていくことはできると信じています。具体例として、仕事への関与という面では、ご自身で決められる領域において、これまでよりも少しでよいので、より主体的に取り組んでみることができます。その中で、これも少しでもよいので、仕事における優先順位を設定したり、効率化を図り、そこで確保できた時間を、ご自身の好きなことに使う(選択する)というものです。それは、自己研鑽でも自己投資でも、仕事の新規事業や技術開発を考えるでも、定時退社して家族や友人と時間を過ごすでも、運動をするでも何でもよいのです。小さな一歩ですが、自律性を高めることを実感でき、仕事へのモチベーションは高まります。このモチベーションの高まりが、仕事への意欲を増加させて楽しく取り組めることになり、結果として生産性も高まります。慣れてきらた少しずつその割合を増やしていけば、自律性はさらに高まります。
(2)マスタリー(熟達)(Mastery)
自分の能力をどんどん上達させたいという衝動を示します。かつてのビジネスでは、従順な姿勢が求められてきましたが、現代ビジネスにおいては、積極的な関与が必要とされます。積極的に関与してはじめてマスタリー(何か価値のあることの上達)を生み出すことができます。マスタリーは、ポジティブなマインドセットが必要であり、能力は固定的ではなく、無限に向上することができると理解することが重要です。理解した上で、本質的にご自身の能力と合致する場所において、仕事に関与する意味を考えながら、日々の努力を積み重ねて専門性を高めていくことが重要です。
マスタリーは少し難しいですが、自律性を高めていく過程で、効率化を図る取り組みを通じて、また、確保できた時間を使って、仕事や新しいことにより積極的に関与していくのがよいのではないでしょうか。まず、できることとしては、ご自身の能力を高めるために、意識して、仕事で行ったことや成果に対して、例えば上司も含めて振り返りの時間を作り話合いを行い、そもそもどうすればよりよくできるのかということを考えて、次の行動で具体的に改善していく、というトライアル&エラーを繰りかえして少しずつ改善していくと、気づいたときには、技術力が目に見える形で高まっていると思います。かつてイチロー選手が言っていた言葉がとても印象的です。「小さなことを積み重ねることが、とんでもないところへ行くただ一つの道」とはまさにこのことだと思います。筆者自身も同じように努力を続けています。
(3)目的(Purpose)
自分よりも大きな何かの一部になりたいという人が抱く切望を示します。人は、本質的に人生の意義や目的を探すという性質があり、多くの人は、社会などへの貢献をしたいと考えています。しかし、かつてのビジネスでは、長きにわたり目的を飾りとしてみなしてきました。私たちは、今一度、目的を再認識して、その価値を最大化していくことが重要です。
社会への貢献をしたくない人はいますか?おそらく多くの方はしたいと思っているのではないでしょうか。そして、今の仕事でも、ご自身で振り返ったり、考えたりする機会や時間が少ないだけで、実際には多くの社会貢献をされているのではないでしょうか。社会貢献は、大きい・小さいは関係ないと思います。私たちひとりひとりが意識で行動するだけで、社会はよりよくなると信じています。目的については、また、別の記事で紹介したいと思います。
3. まとめ
これまでのアメとムチを基本とした方法(成果報酬)は時代錯誤であり、目まぐるしく変化する社会の中で成果を上げることはできません。これの方法が成功したのは、高度経済成長期などの時代であり、現在では通用しないと認識することが重要です。
みなさんのやる気を引き出すドライバーは、自律性、マスタリー(熟達)、目的の3つの要素であり、これらを強化していくことで、仕事に対するモチベーションがアップします。この積み重ねを行うことで、成果が見える形になって実感できるようになってきたら、みなさんのモチベーションは加速度的に上昇します。